Paul.B.Thompson教授(ミシガン州立大学)を迎えてのシンポジウムおよびワークショップの開催

1. Thompson氏招聘の目的とその成果

今回のPaul.B.Thompson教授(ミシガン州立大学)の招聘は、「土壌保全基本法(仮)」の草案作成にあたり、①土壌保全活動の基礎方針としての「賢明な利用」(wise use)概念について、環境倫理学およびプラグマティズムからの深化と日本思想への適用をはかり、②環境倫理学、農業食料社会学と土壌保全活動の連携をはかり、③これら研究分野間のさらなる交流を得ることを目的として行われた。得られた成果は以下の通りである。

(1) 日本土壌肥料学会京都大会シンポジウム「土壌保全活動の推進に環境思想、環境社会学は何ができるか?」(2015年9月10日: 於京都大学吉田キャンパス)の開催

Thompson氏には、 2015年9月9日~11日の日本土壌肥料学会京都大会の、シンポジウム「土壌保全活動の推進に環境思想、環境社会学は何ができるか?」(2015年9月10日: 於京都大学吉田キャンパス)にご登壇いただいた。

座長挨拶(大倉利明・農環研)

発表①「「土壌保全基本法」(仮称)の制定に向けて:土壌資源の「賢明な利用」のための法整備」(太田和彦・武蔵大)http://ci.nii.ac.jp/naid/110010021069

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発表②「The Philosophy of Agriculture and the Ethics of Soil」(P.B.Thompson・ミシガン州立大学)http://ci.nii.ac.jp/naid/110010021070

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発表③「土壌保全を日常的行動とつなぐ:関係論的アプローチから」(秋津元輝・京都大)http://ci.nii.ac.jp/naid/110010021071

発表④「農耕地土壌を守るのは誰か?:農耕地土壌保全の倫理」(金子文宣・全農)http://ci.nii.ac.jp/naid/110010021072

総合討論(ファシリテーター・大倉利明)

同シンポジウムは、土壌保全活動を長期的に実施するための基礎作りの一環として行われた。シンポジウム全体の目的と概要は、以下の通りである。

今日、土壌は、食料安全保障と気候変動の緩和といった主要な生態系サービスを担っているにもかかわらず、一般的にその重要度が十分に理解されていない。土壌資源の有効活用を考慮するための知識が各セクターにおいて共有されておらず、情報が更新されていないため、コミュニティの意思決定プロセスにおいてもまた土壌保全は十分な優先度を持ち得ていない。そこで、本シンポジウムの企画者(大倉利明、村田智吉、太田和彦)は、土壌保全活動がより広い領域と協調・連携できるよう、意見交換の場を設けることとした。

太田和彦は、土壌保全に関連する法制度の整備の必要性を提起した。Thompson氏からは土壌資源の賢明な利用において、背反すると思われがちな産業的思想と〈農〉の思想の両側面のバランスをとることの重要性が指摘された。秋津元輝氏からは農業食料社会学の関係論的アプローチから、土壌資源とその使い方の「見える化」の必要性が指摘された。金子文宣氏からは農業従事者が農耕地土壌の保全の担い手たりうるためには、十分な経済的基盤が必須であることが指摘された。

Thompson氏の提起は、「産業的思想」と「〈農〉の思想」という対照的な2つの価値観の持続的な交流が、土壌の倫理の基礎となるという、”The Spirit of the Soil”(1995年:邦題『〈土〉という精神』)を踏まえた発展的な内容であり、会場の反響を呼んだ。土壌が肥沃であることは、収穫産出高と食物・繊維生産の持続可能性といった側面から、議論の余地のない機械論的・功利主義的な価値を持つ。しかし土壌は同時に、農業の現場および景観や料理への影響を介して、文化と慣習を形作る力をも持つ。農業を産業経済の一つのセクターと見なす産業的思想が興隆した20世紀には、労働と生産コストが削減され、消費と経済成長は大きな機会を得た。だが同時に、土壌は疲弊し、また農業の文化的・精神的な重要性についての了解がともすれば失われがちである現状において、秋津氏の提起する食と農の結びつき、金子氏の提起する土壌保全の担い手としての農業従事者という位置づけは重要であると考えられる。

 

(2) Soil Survey Inventory Forumによるワークショップ「賢明な利用のルーツとしてのプラグマティズム ― 土壌の産業哲学と〈農〉の哲学」(2015年9月11日: 於東京農工大学小金井キャンパス)の開催

Thompson氏からは、ニューディール期の資源保全政策を通して、戦後初期の日本の資源論および資源計画に大きな影響を与えた、自然資源に対する「賢明な利用」(wise use) という思想についての説明がなされた。G.ピンショーが提唱したこの「賢明な利用」の思想的背景には、ドイツ留学時に研究していた森林学とC.S.パースとのやりとりを通じたプラグマティズムの影響があること。また、現在の北米の環境プラグマティズムが主に参照しているのはR.W.エマソン、J.デューイであり、とりわけデューイの影響が強いのは彼がコミュニティの問題を扱っている点が大きいこと。しかし、パースの記号論は、論理的観点、倫理的観点、美的観点から事象の兆候を読み取る方法として意義深いことを講義いただいた。

大倉利明氏からは「共生」「里山」など、近年日本国内で用いられるコンセプトとプラグマティズムの関連についての提起がなされた。また、亀山純生氏からは2014年4月の国際ワークショップ(於科学技術館)での議論をふまえ、土壌保全活動における他領域との共通の思想的基盤として風土論が紹介された。これを受けて、Thompson氏からは北米における土壌保全の分野間共通の基盤として「食の倫理」があげられた。

天然資源の保全活動に関しては、国家の規模や資源量によって大きくその内容に差があらわれるが、それぞれの歴史的背景をふまえた分野間に共通の思想的基盤の構築および相互理解が喫緊の課題であることを、参加者のあいだで確認した。

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2. 招聘後の課題とその達成度

Thompson氏、秋津氏との議論を通じ、日本と北米の農業倫理はともに、地産地消、生活環境との調和を志向していることが明らかとなった。その一方で、北米と比べ、日本では天然資源の保全思想を農業倫理の問題として捉える研究、および優良農地の転用問題に対する法制度・税金緩和の後押しが相対的に欠落していることが明らかとなった。金子氏も指摘する通り、土壌保全の担い手としての農業従事者への支援は十分ではない。地域自治体サイズの生活環境を保全する諸活動、自治体の条例またはコンセプトに、天然資源の保全および農地転用への対処を盛り込むことが、土壌保全活動が他分野と連携をとるうえでの課題である。

 

3. 関係リンク先

ミシガン州立大学 ホームページ:PAUL B. THOMPSON

P.B.Thompson, The Spirit of the Soil (1994) Routledge

記事:太田和彦

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